高松高等裁判所 昭和56年(行コ)8号 判決 1983年3月09日
徳島県鳴門町三ツ石字芙蓉山下三四番地
控訴人
高谷菅道
右法定代理人後見人
高谷ハルミ
右訴訟代理人弁護士
原秀雄
同
松尾敬次
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号
被控訴人
国
右代表者法務大臣
秦野章
右指定代理人
武田正彦
同
岸本隆男
同
国沢康男
同
山下芳章
同
和田文夫
同
工藤茂雄
同
坂本禎男
同
横山正之
同
今井晃
徳島県鳴門市撫養町南浜字東浜一七〇番地
被控訴人
鳴門市
右代表者市長
谷光次
右指定代理人
武田正彦
同
岸本隆男
同
国沢康男
同
岡田昭二
同
戸井安治
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
(当事者の申立)
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人に対し、被控訴人国は金八六六万三、五〇〇円及びこれに対する昭和五三年一一月一九日から支払ずみまで年七・三パ-セントの割合による金員、被控訴人鳴門市は金二九八万五、七三〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで同割合による金員を、それぞれ支払え。
3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 被告訴人ら
主文と同旨。
(当事者の主張)
次のとおり補正するほかは、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。
一 原判決四枚目裏四行目の「二九八万八、七三〇円」の次に「及び督促手数料一六〇円」を加える。
二 原判決五枚目表四行目の「をいずれも否認し」から同八行目の「無効である」までを「のうち、その主張のとおりの各売買がなされかつ各申告書が提出されたことは認め、その余は争う、右各売買は高谷智が控訴人に無断で行い、その代金のすべてを智が着服したものであって、控訴人には、各売買による所得が直接にも間接にも全くなく、各申告も、智において勝手に行ったものであるから、控訴人に右所得があることを前提とする本件各課税は、重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効である。また、控訴人の代理人である原弁護士は、右各申告書が提出されていることを、被控訴人らがその旨原審で主張した昭和五五年二月一三日まで知らなかったから、被控訴人ら主張のように、同弁護士において昭和五三年八月二五日に各申告を追認したということは、およそありえない。」と改め、同末行の「事実を認め」の次に「(但し、後記のとおり、昭和四八年分の申告納税額は四六九万〇、四〇〇円であってそのうち三一二万九、八〇〇円は差押えにより徴収し残額一五六万〇、六〇〇円が未納となっていたものである、と附加陳述)」を加える。
三 原判決九枚目裏九行目から同一二枚目表一行目までの記載を次のとおり改める。
「一 前記各売買及び各申告書提出(以下それぞれ「本件売買」、「本件申告」という。)は、控訴人の弟高谷智(以下「智」という。)が、控訴人からその代理権を与えられ、控訴人を代理して行ったものである。
すなわち、智は、昭和四九年一一月頃までは、控訴人と同じ屋敷内に居住して父高谷兵三郎死亡後の控訴人方の生計維持に関する事項及び財産の管理運用の一切を取り仕切っていたことなどからいって、智は、控訴人の委任を受けて本件売買及び本件申告について控訴人を代理したものというべきである。
なお、控訴人は、本件申告についての智の代理行為の存在をも争う意向のようであるが、本件売買の対象となっている土地の所有権が控訴人に帰属することは、控訴人自身がこれを認めていること、右土地の登記簿上の所有名義人は控訴人であったこと、本件売買は、いずれも智が控訴人を代理してこれを行っているものと認められること、控訴人も本件売買及び本件申告を智が控訴人の名義をもって行った点についてはこれを認めていること、本件申告も前記のとおり控訴人名義でなされていること等の事実と、代理行為の要件である「本人の為にする」とは、その行為の法律的効果を本人に帰属させようとすることで、本人の利益を図ることを意味するものではないこと及び所得税の確定申告は、所得税の課税標準及び税額等の基礎となる要件事実を納税者自身が確認し、一定の方式で租税債務の内容を具体的に確定して、これを税務署長に通知する私人の公法行為であること等の諸点をあわせ考えると、本件売買及び本件申告は、智が控訴人を代理して行ったものであることは疑いないところである。
二1 仮に前項の主張が認められないとしても、以下に述べるとおり、控訴人の後見人高谷ハルミ(控訴人の妻)から本件国税及び市県民税の納付並びに控訴人の財産管理の一切を委任された原秀雄弁護士(以下「原」という。)が本件売買及び本件申告を追認している。
すなわち、
(一) 原は、智が行った本件売買及び本件申告を容認し、昭和五三年七月二日智らとの間で本件国税及び市県民税を納付する旨の覚書(乙二六号証)を作成し、もって、智に対し本件売買及び本件申告を追認した。
また、原は、遅くとも昭和五三年七月二日ごろまでに、本件売買の買主である鳴門地所株式会社(代表取締役社長宮崎徹 二、鳴門市農業協同組合(組合長理事上田勇)及び山本謹吾に対し本件売買を追認した。
2 控訴人は、当審になってから、原が本件国税が生じた原因は智が行った本件申告であると知ったのは、本件訴訟係属後、被控訴人国がその旨主張した後のことであるから、原が本件申告を追認するはずがない旨主張するが、これは次に述べるとおり失当である。
すなわち、原は、長年にわたり弁護士として活躍しているベテランの法律家であるから、本件国税が生じた原因を調査せずして前記の智らとの覚書(乙二六号証)の作成に当たることは考えられない。遅くとも、その時には智から本件申告に関して事情聴取を行ったと思われる。また、控訴人に対する本件国税の督促状(乙四四、四五号証)は、昭和四八年分所得税については昭和四九年四月一二日に、昭和四九年分所得税については昭和五〇年四月一一日にそれぞれ発付されているので、受任弁護士である原も当然のことながらその後これを見たものと推認し得るところ、右各督促状には、それぞれ、税目として申告所得税、納期限として昭和四九年三月一五日、昭和五〇年三月一五日と記載されているのであるから、素人ならいざ知らず、ベテラン弁護士である原においては、これにより、本件国税は、昭和四八年分及び同四九年分所得税の確定申告によって生じたことを容易に知り得たはずである。
もっとも、本件訴状によれば、控訴人の本件控訴の代理人でもある原は、本件国税は課税処分によって生じたものであるかのような主張をしているので、本件申告を知らなかったのではないかとの疑念が生じるかも知れないが、原は、本件申告を明白に認めた後でも「本件控訴人に対する譲渡所得課税の無効」などと主張していることからも明らかなとおり、課税という言葉はいわば原の口ぐせなのであるから、右疑念を特に異とするのは当たらない。
また、百歩譲って、仮に原が当時本件申告の事実を知らなかったとしても、確定申告も課税(決定)処分も、その法的性質は租税債務を確定することにあるから、原が昭和五三年八月二五日高松国税局の徴収担当職員に対し、本件国税(の課税処分)を有効と認めて、本件国税を納付する旨述べたことは、客観的にみれば本件申告を適式かつ有効に追認したものというべきである。
三 仮に前項の主張が認められないとしても、次に述べることからして、本件申告は有効であるというべきである。
すなわち、税法の見地においては、課税の原因となった行為が、厳格な法令の解釈適用の見地から、客観的評価において不適法、無効とされるかどうかは問題ではなく、税法の見地からは、課税の原因となった行為が関係当事者の間で有効なものとして取り扱われ、これにより現実に課税の要件事実がみたされていると認められる場合であるかぎり、右行為が有効であることを前提として租税を賦課徴収することは何等妨げられないと解すべきである。
そして、この法理は所得税の確定申告についても同様に適用されると解すべきであるところ、本件についてこれをみると、次のとおりである。すなわち、控訴人の後見人高谷ハルミ及び原は、智が本件売買及び本件申告を何らの権限もなく控訴人に無断で行ったことを知りながら、本件売買の買主に対し本件売買の無効を主張してその対象物件の返還請求をなさないのみならず、本件売買及び本件申告を容認する前記覚書を作成した上、昭和五三年八月二五日前記のとおり高松国税局の徴収職員に対し前記覚書を提示して本件国税を納付する旨述べていること及び控訴人は、智らから本件売買の対価を含めて経済的利益を得ていることなどの事実に徴すると、本件申告が有効であることは論をまたないところというべきである。
四 以上のとおりであるから、本件申告が有効である以上、本件売買の有効無効は、本件申告の効力に何ら消長を来たすものではなく、この点は、単に更正の請求の原因となり得るにすぎないものである。
五 控訴人は、本件市県民税の賦課決定処分は重大かつ明白な瑕疵があるから無効である旨主張するが、前記三項において述べたと同様の理由で本件処分は有効と解すべきであるから、右主張も失当である。
また、市県民税の所得計算は、原則として所得税の確定申告書に基づいてこれを行うとされているところ、右処分は本件申告に基づいて行われている上、昭和四六年度分ないし同四八年度分の控訴人に対する市県民税は、控訴人の昭和四五年分ないし同四七年分の所得税の確定申告書に基づいて行われているところ、これに対し控訴人の方から不服申立等の申し出は何らなかったことからすれば、右処分に、重大かつ明白な瑕疵があるとはいえないと解すべきである。
すなわち、ここにいう「明白な瑕疵」とは処分成立の当初から、誤認であることが外形上客観的に明白である場合を指すものとされ、瑕疵が明白であるかどうかは、処分の外形上客観的に誤認が一見看取し得るものであるかどうかにより決すべきであって、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかは、処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではないと解されており、客観的に明白とは、処分関係人の知、不知とは無関係に、また、権限ある国家機関の判断をまつまでもなく、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達し得る程度に明らかであることを指すものとされているのであるから、右事実関係の下では、右処分に重大かつ明白な瑕疵はないというべきである。
仮に右処分が重大かつ明白な瑕疵があることにより無効であるとしても、前記のとおり、本件申告が追認等により当初から有効である以上、右処分も瑕疵ある行政行為の治ゆの法理により当初から有効であると解すべきである。
六 仮に以上の主張がすべて認められないとしても、次の1ないし5に述べる事実を総合すると、本訴請求は、信義誠実の原則に反し権利濫用というべきである。
1 控訴人の後見人高谷ハルミは、本件国税の原因である不動産の売買取引に係る当該物件の返還手続をとっていないばかりか、控訴人の代理人である原は、昭和五三年八月二五日高松国税局の徴収担当職員に対して相手方に迷惑をかけるので当該物件の取戻しをしない旨の発言をし、現にこれを行っていない。
2(一) 被控訴人国及び同鳴門市は、控訴人が本件国税及び市県民税を期限内に納付しなかったので、いわゆる滞納処分を行ったが、控訴人は、これに対し国税通則法七五条及び地方税法一九条による不服の申立てをしていない。
(二) 原は、昭和五〇年五月から昭和五三年一〇月までの間、同局の徴収担当職員と納付交渉を行っているが、この間終始、本件国税の納付義務を容認した上で交渉に当たっている。
(三) 原は、昭和五三年八月二五日同徴収担当職員と面接した際、財産の処分代金の一部(五〇〇万円)を納付するから不足額については他の差押物件の処分等により徴収されたい、滞納税金に係る延滞税を免除されたい旨の申し入れを行っている。
3 昭和五三年七月二日控訴人の後見人高谷ハルミほか高谷兵三郎の相続人が原の事務所に集って財産処分による負債(本件国税及び市県民税を含む。)の整理について協議を行い、全員の合意事項について覚書を作成し、原は、昭和五三年八月二五日同徴収担当職員に当該覚書を提出するとともに、本件国税については覚書(合意事項)に従って納付する旨の申出をしている。
4 課税要件事実が無効等の場合は、当該物件を売買取引直前の現状に復した後に国税通則法二三条二項(更正の請求)又は所得税法一五二条(各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例)に規定する更正の請求を行い、納付税金の返還を求めるのが現行法における手続であるにもかかわらず、控訴人はその手続を経ずして直接本件納付国税の返還を求めている。
5 本件の昭和四八年分国税については、国税通則法七〇条(国税の更正、決定等の期間制限)及び同七二条(国税徴収権の消滅時効)の期間経過後、また、本件の昭和四九年分国税については、同期間経過目前である昭和五四年八月二八日に本件訴えを提起している。
七 なお、本件訴訟は、控訴人らの父高谷兵三郎の遺産相続をめぐる紛争に起因して発生していることは明らかであり、智が本件売買及び本件申告をなしたのもこれが原因であることはいうまでもない。
そして、その紛争の調停の段階において、原がこれを取りまとめ、前記覚書の作成にまでこぎつけ、本件国税及び市県民税の納付を申し出ることとなったことも明らかである。
しかるに、その後になって、控訴人ら相続人間において紛争が再燃したことを契機として、原は、前言を取消し、本件国税及び市県民税の納付を拒絶し、本訴請求をなしたものであるが、これはまことに遺憾というほかはなく、もし本訴請求を認めることとなれば、租税の公平負担の原則が失われるというべきである。すなわち、前記紛争の再燃は被控訴人らにとっては何ら係りのない控訴人ら相続人の内部問題であり、これがため租税の公平負担の原則が失われることは許されないというべきである。」
(証拠関係)
本件記録中の各書証目録及び証人等目録に記載されたとおりであるからこれを引用する。
理由
一 本件につき更に審究した結果、当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも失当であって棄却を免れないものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原判決の説示する理由と同旨であるから、これを引用する。
1 原判決一二枚目裏五行目の「二九六万八、七三〇円」を「二九八万八、七三〇円及び督促手数料一六〇円」と改め、同六行目の記載の末尾に続けて「もっとも、各所得税は、課税(決定)処分によるものではなく、後記のとおり、確定申告書の提出によって成立確定したものである。」を加え、同一〇行目の「課税」を「所得税債権」と改める。
2 原判決一三枚目表五行目の「提出せられたが」を「提出せられて成立確定したものであり」と、同裏一二行目末尾の「ある」を「あって、弁論の全趣旨によると、右各行為は智が控訴人の授権なしにした無権代理行為であったことが認められる。」とそれぞれ改める。
3 原判決一四枚目表一行目の「加えるに、」の次に「納税申告は、具体的な納税義務の確定という公法上の効果をもたらすものであって、単純な私的行為ではないが、課税標準及び税額等の基礎となる要件事実を私人である納税者自身が確認し、一定の方式で租税債務の内容を確定してこれを租税行政庁に通知する行為であって、私人の公法行為とみるべきものであるから、事柄の性質上、民法の無権代理行為の追認に関する規定が類推適用されるものというべく、したがって、無権代理申告は、そのままでは無効であるけれども、追認があればその効力を生ずるものであり、その追認は、明示、黙示を問わず、また、本人及び法定代理人のみでなく授権代理人にも追認権があると解するのが相当である。しかるところ、」を加える。
4 原判決一四枚目裏四行目の「争いがない)、」の次に「弁論の全趣旨により成立の認められる乙第四三・五五号証、」を加え、同一〇行目末尾の「実質的」から同一一行目末尾の「かかる遺産」までの記載を「実際はその実父兵三郎が購入して控訴人の所有名義で登記を経由した、実質的には兵三郎の遺産と目すべきものも存し、かかる不動産」と改める。
5 原判決一六枚目表一〇行目の「これについての」次に「智を含む」を加える。
6 原判決一七枚目表一行目の「右の」の次に「とおり各税金を納付する旨の」を、同七行目の「約されたこと」の次に、「、ヽ控訴人及びその代理人であるハルミ並びに原は、本件各不動産の買主である鳴門地所株式会社、鳴門市農業協同組合、山本謹吾及び宮崎徹二のいずれに対しても、その売買が智の無権代理行為であるとして返還請求をしておらず、諸般の情況からして、その無権代理行為を是認するほかないと考えていること」を,同八行目の「ができる。」の次に「控訴人は、昭和五三年当時、原において、本件申告がなされていることを知らず、本件所得税は課税(決定)処分によるものであったと思っていたかのように主張するが、所得税については申告納税方式がとられており、そのことは弁護士である原が知らない筈はないこと、当審証人大西正芳の証言及びこれによって成立の認められる乙第四四号証、第四五号証の一並びに弁論の全趣旨によれば、本件所得税のうち、昭和四八年分については同四九年に、同四九年分については同五〇年にそれぞれ控訴人に対して督促状が発付されており、それには税目として申告所得税と記載されていることが認められるので、そのことは、本件所得税の納付等の事務処理を受任した原において当然認識していたものと思われること、本件の証拠関係及び弁論の全趣旨に徴すると、本件所得税並びに市県民税の納付を要することとなった原因が智のした本件売買及び本件申告にあることは容易に推測できたと思われること、本件全証拠によっても、本件所得税が課税(決定)処分によるものであったと窺えるような事情は認められないこと等に照らし右主張は到底採用することができない。」を、同一一行目の「代理人原は」の次に「智及び」を、同一二行目の「二五日」の次に「までに」をそれぞれ加える。
7 原判決一七枚目裏一行目の「の追認を」を「を少なくとも黙示的に追認」と、同一〇行目の「前認定」から一八枚目表三行目までの記載を「仮に本件売買の有効であることが未確定であるとしても、右のとおり納税申告行為が有効に成立するに至っている以上、その未確定(実体上の課税要件事実の不発生)であるというだけでは、納税義務の存在が否定されるものではないというべきである。けだし、いったん私人が自ら納税義務を負担するとして納税申告をしたならば、実体上の課税要件の充足を必要的前提要件とすることなく、その申告行為に租税債権関係に関する形成的効力が与えられ、税額の確定された具体的納税義務が成立するものと解せられるからである。なお、本件市県民税の賦課決定処分に重大かつ明白な瑕疵があるといえないことは、被控訴人の主張するとおりである。」とそれぞれ改める。
二 それゆえ、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本勝美 裁判官 山脇正道 裁判官 礒尾正)